料理人が仕入れたい、購入したいと思えるジビエ肉とは?

私は店を持っていたことがある。始めはテイクアウト専門のカフェのような形態だった。パスタやタコライス、ドライカレーなど注文を受けてから5分ほどで作り、コーヒーやソフトドリンク、アルコールなども販売していた。

某ハンバーガーチェーンのようなシステムで、いうなれば洋風弁当屋。オープンしてからすぐに配達してくれないかと依頼があり、周辺の会社に配達したりした。そこそこ儲かった。

      

2年半後に席を付けてワイン酒場に改装。70本ほどのワインを揃えてイタリアン料理を出した。

話が逸れていきそうなので店のエピソードは別の機会にしようと思う。今回は仕入れの話だ。

 

洋風弁当屋の時も、ワイン酒場の時も、某大手卸業者の食材カタログを使っていた。分厚い冊子に食材が番号付きで載っていて、欲しい商品番号を電話、メール、FAXなどで注文するという方法だ。大体の物はそのカタログで仕入れられた。一般では売っていない食材を安く手に入れられ、確か5000円以上買うと送料が無料になった。

十年以上前の話だ。

ジビエ肉は皆無だった。選択肢になかったので料理に使うという発想そのものがなかった。

現在、私はハンターになった。狩猟でビジネスをしている。

鹿と猪を5,60頭ほど駆除し、解体して自ら食べ続けた時点で、明らかに季節と個体によって味のばらつきがあることを感じた。

それと血抜きの良し悪しも、だ。

血抜きは数をこなしていくうちに精度が増すが、季節と個体の方は人間にどうにかできる問題ではない。

しかも有害鳥獣駆除された個体の有効活用でジビエを振興させようとしているのならば、駆除期間は大体4月~10月なので、時期的に猪は旬ではない。(鹿はいいが)

たまに処理に困った農家さんから捨てられる猪を引き取っているが、美味しく頂きましたと言うと「今は旬じゃないからまずいだろ」と返されることがあった。

確かに脂の乗った時期の、いい個体に当たった時はびっくりすほど美味い。

しかし、私は料理人である。脂の乗っていない猪肉だと分かっているならば、それなりの調理法で料理すればいいだけと考える。

料理人としての経験が10年くらいある人であれば、与えられた素材を最大限に美味くする技術と経験くらいは持ち合わせているのではなかろうか。

 

料理人の理想はいい食材を自由に使い、最高の料理を作ることだと思う。原価なんか気にしないで最高の食材を好きなように料理する。しかし、それが出来るのは一握りの都会の高級店だけだ。

日本にある飲食店のほとんどは庶民的な価格帯のお店だと思う。

現実は客層からの価格帯を逆算し、そこから原価を計算、限られた仕入れ費の中で試行錯誤を繰り返し、料理人の技術と経験でようやく満足してもらえる一品が完成している。

原価、合わせる他の野菜、売値からの利益、人件費、光熱費、家賃、ネットでの口コミ評判……様々な現実的な事を考えながら料理人は新メニューを考える。そして毎月回さなければならないお金の中でやりくりしている。

最高の食材が安く手に入るならそれに越したことはない。

しかし、普通の食材でも美味しく調理するのが料理人の仕事だ。〝美味しく〟というのは〝お金を取れる〟ということ。

だから狩猟者は「こんな時期の猪売れない」と思っても、どうか完璧な血抜きをしてみてほしいと思う。

多分、世の料理人はその猪肉を使って、狩猟者を驚かせるくらいの料理を作れるはずだ。

言い過ぎだろうか……いやそんなことはないと思いたい。これは半分私の願望も入っている。

でもそういった感覚や流れを作らないと、有効活用が出来ているといった状態に持っていくことは難しいと思う。

例えば今、私がまた飲食店を出すとして、ジビエ肉を仕入れたいと考えたら、

弾丸の残留がないか

金属探知機を導入しているか

放射能汚染は大丈夫か

ちゃんとした食肉処理施設で解体された肉か

狩猟者が信用できる人物か

などを考えるだろう。これらは最低限のラインである。

人様の口に入り、その食材に入っているものが少なからずその人の健康を形成し、体調を左右してしまう、と言うところまで考えるのならば、多くの料理人や経営者はこう考えるのではないだろうか。

そして時期的に最高のジビエ肉が手に入れば、多少値段を上げてスペシャルメニューとして提供する。時期じゃない肉であればサイドメニューやつまみとしても使えるし、どうにでもやりようはあるだろう。

料理人も人によって価値観は様々だ。素材と鮮度が命と考える人もいる。一方でどんな食材でも美味しく料理できるのがプロだと言う人もいる。食品ロスをなくす活動をしている料理人も多い。野菜の皮や捨てられる葉の部分を積極的に使うような、食材に敬意を払える人格者たちは、たとえ脂の少ない猪肉でも、たとえ大きくなり過ぎた雄鹿の肉でも余すことなく最高の料理に出来るだろう。

何が言いたいのかといえば、そこそこの肉でも需要はある、ということだ。

まとめるならば

「え、余っちゃってんの? 捨てちゃってんの? だったら売ってよ。そっちじゃ見慣れてんのかもしれないけど、都会じゃ価値が高いんだから。え? 時期じゃないしそこまでの状態じゃない? ちょっと見せてよ。……全然問題ないよ、料理人の技術なめんな、これならどうにでも出来るよ。使えるか使えないかはこっちが決めるから今後も毎回見せてよ。あ、でも胃とか腸とか膀胱破っちゃったり、すぐに解体しないで半日置いちゃったやつとかはダメだよ。見りゃ分かるからね。それやられたらあなたとの縁は切るから。罠? 銃か……金属探知機通してる? ならOK。あなたのところは放射能出荷制限地域じゃないし、もちろん保健所の許可取ってる処理施設で解体してるでしょ? うんうんOK。……最高の状態じゃないってことはもちろん安くしてくれるよね?」  (45歳 都内飲食店オーナー)

という感じだろうか。

これは知り合いの料理人数人と話していて感じたことである。

これからジビエ肉を売ろうとしている狩猟者は様々な需要があるということも頭に入れておいてもらいたい。